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【ズームアップ商品アーカイブ】ハイブレンド

2015/11/29


酸味がうすくコクのある
人気のコーヒーです ! 

コープあおもり開発品  コープ  ハイブレンド  (挽き)150g

  コーヒー好きの組合員さんに長年愛飲されているコープあおもり開発品「ハイブレンド」。製造しているのは、今年(記事掲載2011年現在)で創業36年になる「弘前コーヒースクール」です。

  商品誕生の歴史は古く、弘前市民生協が発足した1976年当時にさかのぼります。ほぼ同時期にコーヒーショップを開業した成田専蔵さん(弘前コーヒースクール代表取締役)に声がかかり、生協の隣の敷地に出店。共同購入で案内された成田さんのコーヒーは弘前地域の組合員さんに広く支持され、その後、青森・弘前・八戸の三市民生協が合併して「コープあおもり」がスタートした1993年に、開発商品として案内されるようになりました。

  「共同購入の始まりとともに、生協の中で当たり前に飲まれていたコーヒーが、そのままコープ商品になったもの」(成田さん)という生協オリジナルブレンドコーヒー「ハイブレンド」。注文を受けてから自社工場で焙煎しているので、常に新鮮・風味豊かな状態で組合員さんの元に届けられています。

CO・OP ハイブレンド(挽き)150g
■グアテマラ・コロンビア・ブラジル・コスタリカ産のコーヒー豆を、それぞれの特徴を生かし焙煎した後にブレンドしています(細挽き)。
■「Week」で隔週案内。利用登録もできます(隔週お届け)。
■購入した生豆から良品質のものだけを使用し、焙煎しているので、風味の良いコーヒーに仕上がっています。

 



 

 

 




 弘前コーヒースクールをたずねて  弘前市 
 


 

 

 

 

“珈琲の街”弘前から
喫茶店が多く、コーヒー文化が育まれている街・弘前市に、コープ「ハイブレンド」を製造している弘前コーヒースクールがあります。代表取締役の成田専蔵さんが弘前市内にコーヒーショップを立ち上げたのは今から36年前、23歳の時だったといいます。当初は「コーヒー教室」という店名で、5坪ほどの規模からスタート。やがて弘前市民生協の創設期から生協とも歩みを並べ、コーヒーという嗜好品を通じて、お互いに顔の見える関係性が築かれてきました。

生協組合員さんとの「コーヒー入れ方教室」の始まり
共同購入を通してコーヒーを案内していく中で、「苦い」「香りがしない」などのクレームが寄せられることもあり、分析したり直接組合員さんの所へ話を聞きに行ったこともあったという成田さん。「よくよく話を聞いてみると、入れ方が間違っていることに気づいたんです。お湯の温度、粉の量、保存の仕方… コーヒーには美味しい入れ方があるのに、それが組合員さんに伝わっていない。この溝を埋めなくちゃいけない、というのがコーヒー教室の始まりなんです」

現在も要望があれば県内各地を回り、コーヒーの入れ方教室の講師を務めている成田さんは、「美味しく飲んでいただくために私達がフォローする、お互いに聞く、お互いに育つ。これは生協だからこそ成り立つ関係だと思っています」といいます。

コーヒーを愉しんでほしい
高度経済成長期の1960年代にインスタントコーヒーや缶コーヒーが登場してから、簡単・便利さが受けて日本でも広く飲まれるようになり、コーヒーの消費量は年々増え続けています(コーヒー豆の輸入量は世界第3位)。その一方で、日本人に根付くおもてなしの心、みんなと一緒に味わいを愉しむ「喫茶文化」の中にコーヒーが受け入れられていると成田さんはいいます。
「組合員の皆さんには、本当に愉しむためのコーヒーを買ってほしいんです。入れ方ひとつでも味が変わってくる。それを知る愉しみ、美味しく飲む愉しみ、いろいろな愉しみ方があるから“コーヒー文化”といえるんです。そのために私たちは、皆さんが愉しんでいただくための手助け、素材・情報の提供を常に行っていきます」

若い頃から独学で焙煎技術を学び、また、コーヒーを取り巻く文化への探求心から、全国各地や海外を行脚しながら培ってきた知識、造詣の深い成田専蔵さん。現在は「藩士の珈琲」という歴史を背景に、「弘前は珈琲の街です委員会」の委員長として、地域にコーヒー文化を広める取り組みに尽力されています。

 

 

 

 
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できるまで
▲成田さんが知り合いの印刷工場をゆずり受けて作ったという焙煎工場(1993年開業)

(1)輸入した生豆は、工場内の風通しの良い場所に保管されています。コーヒー豆の水分含有量は13%程が適切で、湿気が多いと黴びて使えなくなるといいます。
ブラジルの農園から届いた麻袋には、日本語で「弘前コーヒースクール」の文字が。

(2)収穫された生豆自体は味も香りもなく、そのままでは飲むことができません。生豆を焙煎(ロースト)することで、コーヒー独特の酸味・苦味・甘味・風味などの成分が引き出されます。工場にある焙煎機は容量別に3kg、5kg、10kgの3台。コーヒー豆の旨味を最大限に引き出すために、焙煎の時間、温度等が長年の経験に基づいて設定されています。

(3)ハイブレンドにも使われるコロンビア産豆の焙煎が完了し、釜から取り出しているところ。攪拌機にかけて熱を冷ましていきます。この後、豆から出る炭酸ガスが抜けるまで24~36時間かけて豆を落ち着かせ、粉砕の工程に入ります。
(4)「北の珈琲工房」工場長・焙煎士(ロースター)の大山司さん。焙煎のベテランで、弘前コーヒースクールの味を守り続けています。

(5)「飲む人の味覚、体調、環境条件… 様々な要素で味の捉え方は違ってきます。だから私達が絶対条件としているのは、良い生豆を使うことと、新鮮なものを提供すること。この軸がブレることはありません」(成田さん)

(6)出来上がった「ハイブレンド」の袋に、製造年月日・賞味期限を刻印、熱で袋の口を密着させる作業が一つひとつ丁寧に行われていました。

 

 

 


藩士の珈琲の話
約千年前にエチオピアで発祥したとされるコーヒー。日本には江戸時代初頭に長崎出島へ初めて伝わりました。当時は特権階級層しか口にすることのなかった高級品。これを庶民として初めて飲んだのが、津軽藩士(藩兵)だったと言われています。

今から200年前の1807年(文化4年)、幕府の命令で北方警備のため、津軽藩兵が蝦夷地(現・北海道)の宗谷岬周辺に赴任。しかし、厳冬下、ビタミンB1不足による(当時不治の病といわれた)浮腫病で多くの藩兵が亡くなりました。1855年、津軽藩兵たちは再び蝦夷地に赴き、この時、浮腫病の予防薬として配給されたのが「コーヒー」でした。

成田さんが取材で全国行脚をしていた頃、偶然この史実に出合い、深く感銘を受け、私財を投じて稚内に「津軽藩兵詰合記念碑」を建立。この「藩士の珈琲」との出合いが、コーヒー文化を広める活動に取り組むきっかけになったといいます。

取材にご協力いただいた弘前コーヒースクールの成田専蔵さん
現在、同社代表取締役のほか、あおもりコーヒーライセンス委員会委員長、弘前は珈琲の街です委員会委員長、宗谷岬・津軽藩兵詰合の記念碑を守る会会長、弘前医療福祉大学短期大学部食育福祉専攻非常勤講師、NHK文化センター弘前教室講師、日本コーヒー文化学会常任理事、創作珈琲茶会珈琲首座
 

<広報はばたき 2012年2月号掲載>  

 












 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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